最近、女性の方からのコメント頂いております
しかも、セレブお〜私の事かな〜?ってお思い方!
そう、貴女ですよ
しかし私、たまに女性を敵に回すエントリーもあるかも・・・
(女性軽視ではありませんから)
軽く流してやって下さいな
まあ〜酸いも甘いも知り尽くしている方ばかりなのでシャレが解るかとは思います。
これからも、ヨロピク〜
さてさて、今回新企画
時代小説
小説じゃ〜ないな?でも気持的には藤沢周平なのだ〜
それではいってみますか〜
時代小説 「戦(い草)冬の陣」はじまりはじまり〜
(パチパチパチ〜)
世は戦国時代 乱世の真っ只中。下克上と言われ各地で戦が行われていた
ここ、火の国でも例外でなく各地で激戦が繰り広げられていたのである
球磨人吉地方では相良氏 県北では菊地氏が勢力を拡大していた。
その間に挟まれた、中央部にH氏がいた。
H氏の5代目当主の名は十平
(昔の名前っぽくていいでしょ?父の実名です)
彼は、3万石(3ha)の領地から5万石(借地も合わせて5ha)にエリア拡大した猛将であった。
戦好きで(働き者で)
財政にも明るく(何事にも計算が速いです。だからJAの監事)
計画的に(月始め等の計画を立てるのが好き)
お上にも(普及所やJAの言う事はすぐ言う事を聞く)気に入られ
(でも俺の言う事はいつも疑心暗鬼)
頭角をあらわした人物なのである
その後を継いだのが6代目当主「やすりん」
若い頃から「カブキ者やばさら者」と言われていた。
そうバカ殿なのである
民百姓からは「あれじゃ〜H氏も終わりだなぁ〜」
な〜んて言われる始末
そんな事も露知らず、ふんどしいっちょうで
「そんなの関係ねぇ〜そんなの関係ねぇ〜はいオッパピィ〜」
などと騒いでいたのである。
(時代を先取りしていたなぁ〜)
さて、彼(やすりん)は真剣にこう考えていた
北に菊地氏 南に相良氏。その間に我らH氏
我々が領土を広げる事でパワーバランスが成り立つ
この乱世をいち早く静め、民百姓達を安心して暮らせるようにしないと・・・
(すばらしや〜やすりん)
そのためには、力をつけねば・・・
そう・・・それは、三国志で登場する軍師「諸葛孔明」曰く”天下三分の計”
にあやかったものである。
早速、彼は、近隣に戦を挑む事を考えた。
しかし・・・彼は、影武者を使い全体の指揮を任せ
自らは敵地へ忍びとして偵察へ赴くのである。
ビックリした重臣たち
「若〜それはいけません!もしや命を・・・」
「バカも〜ん。わしを誰だと思っておる」
「心配するな。護衛(SP)はちゃんとつけておる」
「はぁ〜」
その護衛は「服部一蔵」と「猿飛ばない右助」の2人
甲賀流の流れを作った面々。いわば、忍者のパイオニアなのである。
ここでトレビア
この甲賀は今の滋賀県が発祥の地と言われているが実は、熊本県からであったのだ〜
(ゴメ〜ン うそです)
忍者は49流派あったと言われ、それぞれの流派は、君主のためにまたそれぞれの地域発展のための活躍していたらしい。
メジャーなのが甲賀(滋賀県)
なぜ滋賀県なのか?
それは、都は京都であった戦国時代。天下を取った武将「信長、秀吉、家康」と愛知県出身
でその中間に位置して交通の要所であったからと推測されている。
話を戻すよ〜ん
「では参るぞ〜一蔵、右助」
「ははぁ〜」
数時間後・・・敵地に着いた彼らに待っていたのもは〜
一体
なんだったのか〜
これが俗に言う「戦(い草)冬の陣」なのだ〜
(言われてないけど・・・)
乞うご期待
いよいよ時代小説戦(い草)冬の陣始まる
以後、お楽しみに〜
ローテク(手植え)で頑張るぞ〜1枚目植えたよ〜
生産現場から!全国の人に感じてもらいたい!たたみ文化を残したい。次世代につなげたい。
ぜひご協力を。ポイッとクリック願いますm(−−)m 出来ればダブルで・・・
しかも、セレブお〜私の事かな〜?ってお思い方!
そう、貴女ですよ
しかし私、たまに女性を敵に回すエントリーもあるかも・・・
(女性軽視ではありませんから)
軽く流してやって下さいな
まあ〜酸いも甘いも知り尽くしている方ばかりなのでシャレが解るかとは思います。
これからも、ヨロピク〜
さてさて、今回新企画
時代小説
小説じゃ〜ないな?でも気持的には藤沢周平なのだ〜
それではいってみますか〜
時代小説 「戦(い草)冬の陣」はじまりはじまり〜
(パチパチパチ〜)
世は戦国時代 乱世の真っ只中。下克上と言われ各地で戦が行われていた
ここ、火の国でも例外でなく各地で激戦が繰り広げられていたのである
球磨人吉地方では相良氏 県北では菊地氏が勢力を拡大していた。
その間に挟まれた、中央部にH氏がいた。
H氏の5代目当主の名は十平
(昔の名前っぽくていいでしょ?父の実名です)
彼は、3万石(3ha)の領地から5万石(借地も合わせて5ha)にエリア拡大した猛将であった。
戦好きで(働き者で)
財政にも明るく(何事にも計算が速いです。だからJAの監事)
計画的に(月始め等の計画を立てるのが好き)
お上にも(普及所やJAの言う事はすぐ言う事を聞く)気に入られ
(でも俺の言う事はいつも疑心暗鬼)
頭角をあらわした人物なのである
その後を継いだのが6代目当主「やすりん」
若い頃から「カブキ者やばさら者」と言われていた。
そうバカ殿なのである
民百姓からは「あれじゃ〜H氏も終わりだなぁ〜」
な〜んて言われる始末
そんな事も露知らず、ふんどしいっちょうで
「そんなの関係ねぇ〜そんなの関係ねぇ〜はいオッパピィ〜」
などと騒いでいたのである。
(時代を先取りしていたなぁ〜)
さて、彼(やすりん)は真剣にこう考えていた
北に菊地氏 南に相良氏。その間に我らH氏
我々が領土を広げる事でパワーバランスが成り立つ
この乱世をいち早く静め、民百姓達を安心して暮らせるようにしないと・・・
(すばらしや〜やすりん)
そのためには、力をつけねば・・・
そう・・・それは、三国志で登場する軍師「諸葛孔明」曰く”天下三分の計”
にあやかったものである。
早速、彼は、近隣に戦を挑む事を考えた。
しかし・・・彼は、影武者を使い全体の指揮を任せ
自らは敵地へ忍びとして偵察へ赴くのである。
ビックリした重臣たち
「若〜それはいけません!もしや命を・・・」
「バカも〜ん。わしを誰だと思っておる」
「心配するな。護衛(SP)はちゃんとつけておる」
「はぁ〜」
その護衛は「服部一蔵」と「猿飛ばない右助」の2人
甲賀流の流れを作った面々。いわば、忍者のパイオニアなのである。
ここでトレビア
この甲賀は今の滋賀県が発祥の地と言われているが実は、熊本県からであったのだ〜
(ゴメ〜ン うそです)
忍者は49流派あったと言われ、それぞれの流派は、君主のためにまたそれぞれの地域発展のための活躍していたらしい。
メジャーなのが甲賀(滋賀県)
なぜ滋賀県なのか?
それは、都は京都であった戦国時代。天下を取った武将「信長、秀吉、家康」と愛知県出身
でその中間に位置して交通の要所であったからと推測されている。
話を戻すよ〜ん
「では参るぞ〜一蔵、右助」
「ははぁ〜」
数時間後・・・敵地に着いた彼らに待っていたのもは〜
一体
なんだったのか〜
これが俗に言う「戦(い草)冬の陣」なのだ〜
(言われてないけど・・・)
乞うご期待
いよいよ時代小説戦(い草)冬の陣始まる
以後、お楽しみに〜
ローテク(手植え)で頑張るぞ〜1枚目植えたよ〜
生産現場から!全国の人に感じてもらいたい!たたみ文化を残したい。次世代につなげたい。
ぜひご協力を。ポイッとクリック願いますm(−−)m 出来ればダブルで・・・